COLUMN

~宮地陽子のGO FOR 2020~海外日本人選手奮闘記

~宮地陽子のGO FOR 2020~海外日本人選手奮闘記

渡邊雄太の今、そして2020へ
<前編>

日本バスケットボール協会(JBA)とB.LEAGUEの保有する様々な権利をひとつにまとめ、ビジネスパートナーにとって魅力的、かつ、価値の高いパッケージコンテンツを提供することを目的に2016年9月に設立されたB.MARKETING株式会社では、バスケットボールの魅力を伝えるべく、選手・事業・強化・育成など日本バスケに関わる様々な話題を、複数の書き手によるコラム形式でお伝えしていきます。
栄えある第1回は、日本だけでなく世界のバスケットボールを長年見続けてきたNBAライター宮地陽子さんのレポートを2週に分けてお届け。昨年8月の日本代表親善試合での、対戦相手としての活躍も記憶に新しい、ジョージワシントン大・渡邊雄太選手の独占インタビューをお届けします。

恩師から叩き込まれた「ハードワーク」

1月5日、渡邊雄太は久しぶりに恩師ジェリ・クインの前で試合を戦った。クインコーチは、渡邊が3年余前にアメリカに渡り、最初に通ったプレップスクール、セント・トーマスモア(STM)のヘッドコーチだ。まだ英語もよくわからず、アメリカのバスケットボールも知らなかった渡邊の才能を認め、「グレートになることを恐れるな」と発破をかけてくれた恩師。そのクインコーチの前で渡邊は、相手デビッドソン大のエース・ガードを抑え、自らも14得点、4アシストをあげる活躍で勝利に貢献、成長した姿を恩師に見せた。

「試合後にコーチに会いに行って話しをしたら、『ファウルをするな』とか『もっとシュート打て』とか、昔と変わらず色々言われましたが(笑)、でも最後は『本当にいい試合だった』とクインコーチもすごく喜んでくれて・・・。成長した姿は見せられたかなと思って嬉しかったです。

STM(セントトーマスモア)にいた頃は、アメリカに来て日が浅く、まだ英語がよく分からなかったんですけど、その中でもアメリカのバスケットボールがどんな感じなのかをすごく教わった。クインコーチのバスケットも、アメリカの大学みたいに細かいところまで意識してやるバスケットだったので、そういう意味でも、大学に入ってからも細かいバスケットという部分では一切困らなかったですし、最初の一年、いろんなことをコーチから教わりました。

あの頃、朝や時間のある時に、自分なりには一生懸命自主練とかもしていたつもりだったんですけれど、クインコーチには『まだまだ、だ。Division1の選手はもっとやっている』『今やっている練習がハードワークだと思ったらだめだ。もっとやっている選手はいる』と言われ続けて・・・。でも実際に大学に入ってみると、チームの練習を一生懸命やって、さらに(足りない部分を)自分の時間を使って練習もやってという感じで、恩師の言葉通りでした。コーチ・クインはなん十年もの間、いろんな選手を見てきて、どういう選手が成功してどういう選手がダメになっていくとかをよく分かっているんです。だからこそ振り返ると、当時の自分の努力は足りていなかったというか、もっとやれたんじゃないかと。

(STMに入って)最初の1ヶ月ぐらいは何も分からずにとにかく一生懸命やっていました。少し慣れだした時には冗談半分、『お前はアメリカ人になってしまった』(アメリカ人は手を抜くときは上手く抜くという意味)って言われたこともありました。本当に厳しく指導してくれた。やはり、能力とかではアメリカ人には負けている部分が多いので、だからこそハードワークな部分とか、気持ちとかでは絶対に勝っていかなきゃいけない。そういう部分もすごく教わったと思います」

世界の壁を痛感した2016年7月の最終予選

渡邊が、アメリカに来てから去年夏で3年が経過し、ようやく『アメリカでバスケットボールをする』ということに慣れてきた頃、タイミングを見計らったかのように、運命は渡邊にいくつかの変化球を投げてくる・・・

2016年7月に初めて、日本代表の一員としてオリンピック最終予選で世界を相手に戦うも、ラトビアとチェコに惨敗。チームとしてはもちろん、個人としても世界の高い壁を痛感する。一方で8月には、今度はジョージワシントン大の一員として日本を訪れ、チームのリーダーとして日本代表を相手に戦った。またジョージワシントン大の日本遠征を終えアメリカに戻った後の9月には、所属するジョージワシントン大のヘッドコーチが突然解雇されるという試練も経験する。壁に挑み続ける意思。環境の変化とそれに対する適応力。多くのことを感じた夏だった。

「(オリンピック)世界最終予選のときは、本当に何にもできなかった。自分の実力がまだまだ足りなかったということですね。(NCAAとは)ルールも違いますし、コーチも違って、さらにシステムも全然違う中で、そこに慣れる部分でも少し上手にいかなかった。あと大学ではオフェンス面で自分が(チームの中心選手として)プレーを作るということが去年はあまりできなかった。日本に帰って、『もっと自分からやっていいよ』と言われたときに、『あれ、どうやればいいんだっけ?』みたいなのが少しあって。そういう戸惑いみたいなのが少し影響しちゃったかなというふうには思います」

2014年秋にジョージワシントン大に入った当初から、渡邊は試合に出ていた。昨シーズンはほとんどの試合をスターターで出場してもいた。ただ、頼れる上級生がいたチームだっただけに、積極的に仕掛けるようなプレーを渡邊自身が忘れていた面があったのだという。

ジョージワシントン大の一員として日本代表と戦う

その経験が糧となり、自分がチームを率いるという姿勢を見せられたのが、8月にジョージワシントン大の一員として日本を訪れたときだった。親善試合4試合(日本代表と3試合、琉球ゴールデンキングスと1試合)は、日本のファンにとって渡邊が、異国の地でどんなプレーをしているのかを垣間見ることができた機会だったが、一方の渡邊たち、ジョージワシントン大にとっても、シーズンに向けての準備という点で、貴重な機会だった。

NCAAは、リーグの規則で夏の間のチーム練習は禁じられているのだが、4年に1度許される海外遠征と、その準備期間だけはチーム練習をすることができる。代替わりで新入生が多いジョージワシントン大にとっては、またとないタイミングでの日本遠征だった。

「あの遠征で一番良かったのは、新しく入ってきた一年生や転校生と、十何日間かを一緒に過ごすことができて、チーム内でコミュニケーションをたくさん取れたことでした。あの遠征がきっかけでお互いをたくさん知ることができたので、本当によかったと思います。あと、ふだん夏の期間は(リーグ規則により)あまり試合ができないんですけれど、日本に遠征して、ジョージワシントン大として日本代表と試合ができたことで、コート内でもお互いをよく知ることができて、本当にいい機会だったなと思います」

ジョージワシントン大の日本遠征は、秋から3年になった渡邊にとってジョージワシントン大で初めて、チームのリーダーとして周りを率いていく立場になった時でもあった。
「日本で、自分が育った環境で、日本人の方が見てくれてという、自分としてはやりやすい環境もありましたし、さらに去年までとは違う自分の新しい役割を果たす必要があったので、その意味でも自分にとってすごくプラスだった日本遠征でしたね」

ヘッドコーチが突然解雇された

しかし渡邊にとっても、そしてジョージワシントン大のチームにとっても、波乱は日本から戻った後に訪れた。実は渡米前から当時のヘッドコーチ、マイク・ロナガン・ヘッドコーチの進退問題(※)がくすぶっていたのだが、何もないまま日本へ遠征。そのままシーズンに突入するかと思っていた矢先、9月半ばに突然、ロナガンが解雇されたのだ。その後、元アシスタント・コーチの一人、モリース・ジョセフが暫定ヘッドコーチに就任した。
※ロナガンから言葉による虐待を受けたという元選手の証言をもとに、大学側がロナガンの行動に対しての調査を行っていた。

「正直、僕の中では、日本遠征に行った時点で、このタイミングでコーチがクビになることはないなと思っていたので、日本遠征の時には、そのことはすっかり忘れていました。でも日本から戻った後に、(ロナガン)コーチがまたインタビュー(大学調査チームとの面談)を受けたと聞いて、『この話、まだ終わってないんだ』と知ったんです。

コーチがクビになったことも、実際に僕たちが知ったのも、誰か(大学関係者)に知らされたとかではなく、ネットで(解雇の記事を)見て、これは本当なのか嘘なのか・・・みたいな感じだった。次の日にアシスタント・コーチたちからも『自分たちもまだネットでしか情報が入っていない』と言われて。本当にその時はよくわからない状況でした。

ただ、その時にアシスタント・コーチたちが言っていたのは、『コーチがどうなろうが、自分たちのスケジュールは絶対に変わらない。今、自分たちがやらなきゃいけないことをしっかりやるんだ』ということでした。『こうなったからといって、他のチームが同情してくれることは絶対にない。自分たちでやることをしっかりやって、成長していくしかない』って言われていて・・・。僕も当然その通りだと思っていたので、コーチがクビになったからといって慌てたり、みんなのモチベーションが下がるとかは一切なく、それまで通り…というか、それまで以上に、みんな一生懸命に練習に取り組んでいたんじゃないかと思います」

今、バスケが楽しい

アメリカでは、ヘッドコーチが交代すると、選手が別の大学に転校することを考えることも普通にあるのだが、渡邊は一切考えなかったという。また、渡邊が知る限りでは転校を口にしていたチームメイトもいなかったという。

「(シーズン直前という)タイミングもありますし。自分たちのチーム、日本遠征に行ったりして、本当に仲のいいチームで、お互いがお互いの面倒を見ているチームなので、そのタイミングで、僕は転校とかを一切考えなかったですし、他のみんなも、誰一人としてそういうのを考えた人はいなかったんじゃないかなって思います。

僕が一番嫌だったのは、あのタイミングで、どこか別から次のコーチを取ってくること。そうなると今のアシスタント・コーチも当然みんなクビになる可能性があったので、それだけは絶対に嫌だなと思っていた。アシスタント・コーチの中からヘッドコーチになる人が出てくれとすごく祈っていました。(ジョセフ・コーチが暫定ヘッドコーチになり)自分が思っていた中では、一番いい形になりました。

コーチ・ロナガンは自分たちに『ここがダメだ』と怒って、自分たちにもっとやらせようとする、どちらかといえば昔のコーチング・スタイルでしたが、今のコーチ・モージョー(ジョセフ)は、先頭に立って自分たちを盛り上げていくタイプ。練習とかも楽しいですし、コーチ自ら盛り上げてくれるので、自分たちも勝手にテンション上がってきて。練習の雰囲気はすごくいいです。

コーチ・モージョーは1年生のときから僕を知ってくれて、僕がどういうところが得意で、どういうところが不得意かも分かってくれているコーチなので、本当にバスケがしやすいというか、自分としてはストレスがたまらずにいい感じでバスケットができているなって思います」

映像はWOWOW NBAオンラインへ
http://www.wowow.co.jp/sports/nba/video/