COLUMN

~宮地陽子のGO FOR 2020~海外日本人選手奮闘記

~宮地陽子のGO FOR 2020~海外日本人選手奮闘記

渡辺飛勇 東京 2020 オリンピックへの道

日本だけでなく世界のバスケットボールを長年見続けてきたライター宮地陽子さんの海外日本人選手奮闘記。第5回は「目標は東京2020オリンピック」と語る渡辺飛勇(ヒュー・ワタナベ・ホグランド)選手とタヒロウ・ディアバテ選手のインタビューと共にお送りいたします。(文・写真 宮地陽子)

 去年4月、ハワイ出身の一人の選手がバスケットボール奨学金でポートランド大に入ることを決めたとき、秋からのチームメイトの1人から電話があった。電話の向こうにいたのは帝京長岡高校を卒業したタヒロウ・ディアバテ。先にバスケットボール奨学金でのポートランド大進学を決めていたディアバテは、歓迎と挨拶の電話をしてきたのだった。

 「いきなり日本語で話しかけられて、僕はまったくこんなだったよ」と、ハワイ出身の彼は当時の驚きを再現するように、息をのみ、目を丸くして見せた。

 「その時は彼が誰なのかも、日本にいたことも、何も知らなかったんだ。日本語を話せるなんて信じられなかった。しかも、けっこう上手に日本語を話すんだ。

 どっちの日本語がうまいかって? 正直言って彼のほうが上手だと思う。認めたくないけれどね。…だって僕は日本人なのだから」

 そう語ったのは、日米両国籍を持つ渡辺飛勇(ヒュー・ワタナベ・ホグランド)。大学1年目の今シーズンは、大学のレベルに慣れるためにレッドシャツ(試合に出られない練習生)として過ごすことを選んだが、大学からも将来を期待される有望な若者だ。まだ19歳になったばかりだが、身長は207cmで、垂直跳びが82.5cmとサイズと運動能力に長けている。ポートランド大ヘッドコーチで元NBA選手のテリー・ポーターも、パワー不足を課題としてあげる一方で、「オフェンスのフットワークはいいものを持っているし、得点もできる。ゴールに背を向けたポストアップから得点できる。ショットブロッカー、リバウンダーとしてもけっこういい」と期待をかける。

 渡辺はハワイ育ち。父はハワイで木材関係のビジネスを営んでいる。母は東京出身の日本人。スポーツ一家で、父方の祖父、ダグ・ホグランドは1950年代にサンフランシスコ49ersをはじめ3チームで合計6シーズンの間プレーしていたことがある。
「祖父はサンフランシスコ49ersのオフェンシブ・ラインマンだった。僕が生まれるずっと前のことだけれど、プレーはテープで見たことがある」と渡辺。

 両親はプロ選手の経験はないものの、それでも若いときには父が野球、母は日本で陸上に打ち込んでいたという。

 「うちはスポーツ一家で、みんな競争心が強くて、チャレンジすることが好きなんだ。父とはよくシュート競争もしている。

 弟とは特に、いつでも、スポーツ以外でも競争しているんだ。テキストメッセージを送りあって、たとえば、きょうも弟から『僕もプレーできればよかったけれど、少なくとも僕のほうがいい服を着ている』と言ってきたよ」と笑う。

 1才下の弟は、先日、バレーボール奨学金でのハワイ大進学が確定した。実は飛勇も一時はバレーボール奨学金で大学に進学するつもりだった。子供のころからやっていたのはバスケットボールだったが、ハワイ大のバレーボールチームといっしょにプレーする機会があり、バスケットボールより大学で奨学金を得る可能性が高いと考え、高校でいったんバレーボールに転向したのだ。
「でも、ちょっとヘマをしちゃって。うまくプレーしなくてはいけなかったときに、いいプレーができなかった。それで、学校(大学)側が興味を示さなくなってしまった。それで、慌ててバスケットボールのオファーを探さなくてはいけなくなったんだ」

高校最後のシーズンに再びバスケットボールに戻った彼は、バスケットボール奨学金のオファーをしてくれたポートランド大への進学を決めた。
日本の高校を出たディアバテがいたり、かつて伊藤大司(B.LEAGUEレバンガ北海道所属)が所属していたりと、日本と縁があるチームに入ることになったのは偶然だったが、ポートランドという土地を選んだのには理由があった。父の出身地で馴染みがあったのだ。

 「父の側の親戚の多くがこのあたりに住んでいる。それに勉強の面でも高いレベルにあるし、コーチ・ポーターのもとでプレーするのも魅力だった。バスケットボール選手として、この大学に来るのが一番成長できると考えた」

 ハワイのバスケットボールは、アメリカ本土よりは全体にサイズが小さく、スキルとシュート力を重視するスタイルだ。その分、身体が大きいフィジカルな選手を相手にする機会は少なく、長身の渡辺は比較的楽にプレーできていた。
「僕が高校のバスケットボールチームに戻ったら、『ペイント内の飛勇に高いパスを出せ』という感じだったんだ」

 しかし、ディビジョンⅠではそう簡単にはいかない。試合に出るためには、フィジカル面から慣れる必要がある。そのため、大学最初の1年はレッドシャツ練習生として過ごすことにした。
「大学に来た当初はレッドシャツすることは考えていなかったけれど、今ではいい決断だったと思っている。僕の身体はまだディビジョンⅠのバスケットボールのフィジカルさに準備ができていない。ウェイトルームでワークアウトするようになり、コーチたちに教わってスキルワークをやっている。

 チームメイト相手の練習もすごくやりがいがある。フィル(チームのスターティング・センター、フィリップ・ハートウィッチ)は7フィート2インチ(約218cm)で240ポンド(約109kg)。彼相手にシュートを打とうとしたら、フェイクをたくさん使って、身体に向かって攻めたりしなくてはいけない。タヒロウも、見かけはそこまでではないけれど、すごく強いんだ。ガードのようなスキルを持っているビッグマンもいるし、色々なタイプの競争相手がいるから、成長するにはもってこいの環境だ」

 大学での目標はバスケットボールだけではない。勉強面ではファイナンスの学位を取りたいという。親戚が株のブローカーということもあり、すでに自分のポートフォリオを持っているのだという。

「高校シニア(最終学年)の最後に、お金を集めて投資しようと決断した。自分のポートフォリオを持っていて、5つの会社に投資しているんだ。僕の株ブローカーでもあるおじさんが色々と教えてくれた」

 バスケットボールの目標の先には東京 2020オリンピック大会もある。日本代表のフリオ・ラマス・ヘッドコーチもすでに渡辺を視察しており、代表候補として招集することも考えているという。(※編注 2018年1月9日代表候補選出リスト入り)渡辺も、ぜひ日本代表としてプレーしたいと意気込みを語る。
「JBA(公益財団法人日本バスケットボール協会)から連絡をもらったことはとても名誉なことだった。日本バスケットボール協会の視野に入り、連絡をくれたというだけでも特別なことだった。日本は次のオリンピック開催国だし、これまで僕のプレーを見たことがない日本の家族、親戚の前でプレーできたら、それは特別なことだし、すごくクールだよね」

 日本代表にとっても、突然目の前に現れた19歳の長身選手。素直で練習熱心な彼の今後の成長が楽しみだ。